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タイトルの事件の差し戻し審高等裁判所判決が今日出ました。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080422-00000925-san-soci 無期懲役判決を破棄。死刑判決が下されました。 日本の裁判は長い。この裁判で9年経過していて既に地方裁判所判決・差し戻し前高等裁判所判決の内容が綺麗すっきりさっぱり消えてなくなっています。 事件概要を思い出したのは、差し戻し高等裁判所の弁護側主張変更に激しく憤りを感じた時で、そこからさらに半年近く経っている感があります。 日曜日あたりから判決が出ると聞いて、興味深く見守ってきましたが、主文後回しの速報記事を見て死刑になったなと思いました。でその通りだった訳ですよ。 死刑制度が良い物かどうかはちょっと別次元においておく。 要するに、 「残虐非道なことをしたら極刑に処すのは当たり前。」 「若いからなんて理由で極刑を回避できると思うなよ。」 と言うことですよ。 最近よくTV報道で事件の弁護側主張が、「精神鑑定の結果、心神喪失状態だから無罪を求める」って感じの物が目についてなんだかなぁ〜って感じなんですよ。 若いから悪いことをしても許される。 精神が異常だったから悪いことをしても許される。 みたいな風潮が存在するみたいで、教育的にも良くない気がするんですよね。 他の人の教育もかねてその法が設定する範囲内での、見せしめ的厳罰もありではないのかなとここ最近は思います。 悪いことをしたら年齢性別国籍等に関係なく、等しく公平平等に法の下、裁かれなければならない。それだけ悪い事をしたのだから今後その人の人生が不利になるのは受け入れろと、私は言いたい。 よく嫌疑者・容疑者にも人権があるという人がいますが、その人は他の人の人権等の権利を侵した可能性がある人なのですよ。その人の人権を守るように叫ぶのは、被害者とその遺族を侮辱しているようにしか思えず、筋が通らないと思うのですが… もちろん第3者の人が人を裁くわけですから、誤りがある可能性は否定できない。が一応同一嫌疑において最低で3回は審議することを認めているのだから、少なくとも嫌疑者・容疑者が裁判で無罪と言われるまでは、その人の人権はある程度までないがしろにされても仕方がないのではないのでしょうか?(あくまである程度ですよ。当然。) 仮に、悔い改め、更正が出来る可能性を認めるなら、それを公衆の面前においてある程度納得できる形で目に見えるように示すべきです。 最近は特に若い人(自分もそれなりに若いですけど)が社会を舐めきっている気がします。 給食費滞納問題・前に書いた入学式の問題・複数人の中学生が警官を暴行する(※1)などね。 1回本気で罪を犯す・悪いことをしたらそれなりの制裁を加えられると言うことを示す必要があるんではないでしょうか? ※1該当記事へのリンク(産経ニュース) http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080414/trd0804140842000-n1.htm 警官でも注意したらこんな事される可能性があるのに、一般人が若い人を注意できるかって感じです。 またこのような記事もある。(毎日.jp) http://mainichi.jp/area/shiga/news/20080415ddlk25040613000c.html 昔は本当に悪いことをしたらよく殴られた物だ。 しかし、今はどうだ…大人げないかも知れないけど殴ってわからせる事もまた必要ではないでしょうか? 4日間の軽傷って頭にたんこぶできたぐらいでないんですかね?やり過ぎって訳でもなかろうに… |
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光市母子殺害事件:差し戻し控訴審で死刑判決
去年の7月3日の私のブログ ...続きを見る |
自分なりの判断のご紹介 2008/04/23 19:39 |
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